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ちょっとした

お遊びで、修平が撮ってくれた写真にちょっとした小話をつけてみた。
設定はかなり適当なので、ままご容赦ください。




五穀豊穣の舞がここからではまるで稲穂の中の米粒のようだ。

崑崙の東。
山の頂に根を張る木禾(ぼっか)の股に腰をかけ遥か地上を見下ろしながら、男はそんなことを思う。
背を預ける琅玕(ろうかん)のそれは半透明の深い緑を宿し、木肌はひやりと冷たい。
竜と共に崑崙へと足を運ぶ仙人達が齎す小さな突風は、西方に聳える玉女山(ぎょくじょさん)の
天女の歌声を乗せて髪と鼓膜を揺らす。
男は増長した気だるさを移そうとするかのように、琅玕の幹に己の頬を押し付けた。
雪のように白い皮膚から滲む幹の冷たさは心地よく、静かに訪れるまどろみは男を眠りの淵へ誘おうとする。

一時の安穏たる時間。


崑崙に棲まうものには様々な一族が存在しているが、その中の一つに 武の一族と呼ばれ、戦を司る一族が
いた。燃えるような紅色の髪、豹斑の尖った耳と尻尾。
武神の末裔、血族と謳われ、一族の証とも言える紅色の髪は、戦火の炎の色が映りこんだものだとも、戦場で
流れた血で染まったものだとも言われている。
眼を閉ざしまどろむ男の髪もまた、燃えるような紅色をして。
襟足から編みこまれた細長い髪は、琅玕の緑の上でゆらゆらと艶やかに揺れていた。


男がいよいよ深い眠りの中へ落ちて行きそうになったその時。
琅玕の根元で澄んだ水を湛えている小さな池の水面がゆらり、と揺らめいた。
風を切る羽のような音。
竜が空を舞う時に奏でる小さな雷鳴にも似た音。
男は重い瞼をゆっくりと上げ、音の聴こえる方角へと視線を転じる。
それは確かに、西の方角。
崑崙に湧き出る水源の一つ。
青水を祭る西白郷(せいはくきょう)の在る方より聴こえたその音は次第に大きさを増し、いよいよ池の水面を激しく
ざわつかせる程となり。完全に意識が覚醒した男は木の股に腰掛けたまま、ただじっと睨むように天を仰いだ。

ふと。 琅玕の堅い葉が触れ合う鈴のような音がした。 ―と同時に不可思議な音はぱたりと消えうせ。辺りは先程
と同じようにしんと静まり返り。今はただ、池の水面の小さなゆらぎが音の名残を匂わせているだけである。
まどろみから無理やりのように引き離された男は憮然とした表情のまま、 頭上に向かって声をかけた。

「碧稜宮(へきりょうきゅう)をまた抜け出してきたのか」

「抜け出してきたんじゃない。休息だ」

「そうか。では、お前は毎日休息をしているわけだな」

頭上からふわりと空気を震わせ降りてきた主は、銀糸の長い髪をなびかせながら紅と蒼の左右異なる色を宿した
瞳をくるりと回して男の言葉に頬を膨らませた。
少年と青年の狭間。
まだあどけない子供のような表情を残す様子は、崑崙に棲む両性具有や未分化の神仙達とよく似ている。
太陽の光を反射させるような銀色の髪と、左右色の違う瞳。耳の後ろには羽毛の風切羽根をふわふわと揺らし、
反面腰には堅い皮膚を擁する竜の尾を携える。
黄帝の三番目のご子息、その人だ。

「青水の守はどうした。収穫の時期間近に魃(ばつ)殿の気まぐれで赤水の南は日照りが続いたと聞いたが」

「そのせいで私が駆り出されたのだ。青水の水嵩を増して赤水の南の民の田畑まで水流を運んでやった。
…水嵩を増すのも水流を動かすのも楽ではない。疲れた」

銀糸を揺らし再び淡い紅をさしたような頬を膨らませ小さな溜息をつくと、耳の後ろの風切羽根がひらりと踊る。


崑崙には地上に流れ出す赤水・黄河・洋水・黒水・弱水・青水という六つの水流があり、それぞれの水源を守り
司る神仙達が存在している。
先の赤水の水源を司るのが天女「魃」
そして、まだうら若き皇子がその責を任されている水源が青水である。
水は作物、家畜、人、それら全ての源だ。
日照りが続いても、洪水が続いても、民の暮らしは立ち行かなくなる。
故に、この末子に託された任は重いのだが、彼にはまだ帝の意はわかりかねるのか。
青水の守を離れ玉女山で現を抜かし、青水の東を水浸しにしたのはつい先頃の話だ。

「青水の東を水浸しにしたこと、最早忘れたのか?」

末の子、というのは可愛いものなのだろう。
賢帝と名高き黄帝でさえもこの末子には厳しい叱咤を出来ずに今に至る。
帝に僅かでも睨まれようものなら、巣穴に隠れて怯える野うさぎの子供よろしく紅色の髪を持つ男の背後に隠れて
しまうのだから致し方ない。
そもそもこの男と帝の末子の出会いはと言えば―それはとても長い話になるわけだが。 端的に申せば、男の亡き
父が末子の面倒見役を任されていた、ということが出会いの始まりであった。
武神の末裔とは言え、神仙の身分としては決して高くはない。本来ならば帝の子息と言葉を交わすことはそうある
ことではない。だが、亡き父の信頼か人徳か。男は叱咤出来ぬ帝の代わりとなり父と息子もしくは兄と弟のような、
かといえば幼き頃からの友のような、何とも不思議な結びつきで子息と繋がっているのである。

「…あれは……悪い事をしたと思っている」

男の叱責に末子は竜の尾を力なく垂らした。

「…だが……私から出向かなければお前は来てくれない…。だから…」

「私は碧稜宮には入れん。」

「わかっている!……そんなことは…わかっている…」

末子が司る青水の水源、西白郷の中の碧稜宮。
そこは広大な宮殿だと聞く。
神仙でも位の高い者しか入る事を許されぬ場所。
限られた者しか足を踏み入れないそこに日がな居続けることはまだ若い末子には窮屈であり、時には耐え難い
寂寥感に襲われるのだろう。だからこそ、彼は宮を抜け出し自由を求め、寂しさを埋めようとする。
その気持ちが解せぬわけではなかった。だがしかし、男にはどうすることも出来ない。

天の頂に立つ存在。
それは、どうしようもなく孤独であるのだ。
全てを治め、全てを知るということは、同時にただただ孤独なのだ。
天帝である黄帝の息子として生まれた以上、末の子息であれ同じ孤独を彼は味わうことになるのだろう。

男は着物の胸元から、すと細長い木製の何かを取り出した。
男の髪の色と同じ、燃えるように鮮やかな紅色に染められたそれをついと口元に運び、ふと息を吹き込んだ。

「…ぁ…」

柔らかな音色が崑崙の色鮮やかな木禾の間を縫って響き渡る。
その旋律は幼き時分、末子が寝る前に歌ってくれと面倒見役の父に強請った曲。
銀糸の髪がふわりと宙になびき、風切羽根が静かに空を裂いた。
横笛を奏でる男の右肩に僅かな重みが生じ、男よりもやや高めの体温が布越しに伝わる。


玉女山の天女の歌声が風に乗って届く、気だるい昼下がりの事。




五穀豊穣の舞は まだ続いている。





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